最初のページには他愛の無い事がかかれていた。
 一年生が怪我した事、薬を作った事、一郎がまた委員会をサボった事。
 凡そ三郎とは関係無い文章を飛ばすように僕はページを捲る。
 しかし、あるページから文章は急変を迎えた。

『今日は薬草がたくさんとどいたので、ほけん委員会そう出で薬草の整理をしていました。薬草の数が多く、またてつ夜で作業しなくちゃ。途中で伊作先ぱいと一郎先ぱいが新野先生に呼ばれて行っちゃったけど、どうしたんだろう』

 あどけない文字で綴るのは、恐らく乱太郎君の字だろう。
 だが、その後直ぐに緊迫した新野先生の字が並んでいた。

『子の刻、鉢屋三郎がぐったりした状態で帰園する。体温はやや低く、顔面蒼白。彼を運んだ者に話を聞けば、毒を盛られたとの事。解毒薬を調合して飲ませるも、効果無し。学園長命令により、鉢屋を隔離部屋へ移動。更に善法寺伊作に、直ちに調査に行くように命令。
 寅の刻、学園にある解毒薬をいくつか試すも、効果無し。鉢屋の体力を考え、薬の服用を中止。緊急で保健委員会議を開く』

 その日の日付を見ると、今から丁度二週間前だった。僕が竹谷に忠告された日だ。
 僕は更にページを捲る。今度は少し雑な、一郎の字。

『学園長命令により、鉢屋三郎の帰還は、保健委員会で内密にし、他言する事は厳禁となった。学園内で混乱が起こるのを防ぐ為だ。昨夜の保健委員会議の結果、保健委員全員交代で鉢屋の介抱に勤める事になった。下級生には辛過ぎるだろうと参加させないつもりだったが、下級生の強い希望により参加する事になった。
午の刻、鉢屋三郎の様子を伺うと、顔色悪く、手先が震えていた。呼び掛けに答えるも、苦しそうだった。尚、昼食は粥を半分摂取した後拒否』

 ハラリ、とページが捲られる。今度は少し癖のある数馬君の字。

『未の刻、善法寺伊作先輩が帰園されました。毒について詳細がわかったとの事でした。毒は遅効性で、半月かけてゆっくり内臓から破壊させるものらしい。解毒薬の処方は不明。しかし、ある薬草が毒が回りきるのを軟化させるとわかりました。それは学園の回りにも生えていると言う事らしい。早速下級生中心に薬草を積みに出掛けました。
 亥の刻、鉢屋先輩が苦しそうだったので、新野先生が睡眠薬を処方されました。その後、朝まで眠られていました』

 この日は、僕が眠れずに医務室へ行った日に等しかった。あの日先生が言っていた眠れない生徒とは、三郎の事だったのか。
 続けてページを捲ると、角張った左近君の字が並んでいた。

『今日、僕のクラスメイトが本の買い出しに行くと聞いたので僕も同行した。町の本市場で薬物や毒物に関する本を片っ端から買い締めた。この中に、あの毒の解毒薬に関する記述があれば良いけど。
 酉の刻、昨日摘んだ薬草で作った薬が出来た。鉢屋先輩に飲ませると、先輩は少し楽になったと言った。このまま治ってほしい』

 図書室に大量にあった薬の本の謎が解けた。あの本は彼が買って来たんだ。
 そして、あの日三郎がそんな状態である事を知って僕を励ましてくれたんだ。
 乱太郎達から話に聞く左近君は意地悪な先輩と言う話が多いけど、やっぱり彼も優しい子なんだ。

 次にページを捲れば、少し震えた伏木蔵の字が見えた。

『今日、はち屋先ぱいにお昼ご飯のおかゆを持って行った。無理しなくても良いですよと言ったけど、はち屋先ぱいはおかゆを全部食べた。薬のおかげで元気になってきたって言って笑っていた。
 でも、ぼくは知ってる。薬はあくまでどくが回るのをおそくするだけで、良くなるには別の薬草をちょうごうした薬がひつような事。先ぱいはぼくが部屋を出た後に、食べた物を全部吐いてしまった事。ぼくたち下級生の前では無理に明るくふるまっている事。
無理しないでって言ったのに…。早くちゃんとした薬が出来ないだろうか』

 僕の胸に不安が過ぎる。薬で症状を軟化させていても、三郎の体内の毒は着実に彼の身体を浸蝕していっているのだ。
 ページを捲る。再び乱太郎の拙い文字。

『昨日の伏木蔵の日誌を見て、はちや先ぱいが私達の前では無理しているのを知りました。だからなるべくはちや先ぱいと伊作先ぱいやにいの先生と二人きりの時間を作った方が良いと一郎先ぱいに言われました。私じゃあはちや先輩の役に立たないのかな…。
今日のはちや先輩は朝ご飯と昼ご飯を食べなかった。晩ご飯も三口ぐらいしか食べなかった。後で図書室に行って薬草の本を見て来よう』

「………」
 ページを捲ろうとする手が動かない。
 三郎を心配する想いが、キリキリと胸を圧迫した。
 先を読むのが怖い、苦しい。でも、一番辛いのは三郎だ。
 本に張り付いた手を無理矢理引き剥がし、僕は本を捲った。
 整った字の、善法寺伊作先輩の文章。

『申の刻、鉢屋三郎の様子を伺うと、震えが酷く寒いとの訴えがあり。布団と、湯たんぽを追加する。
 戌の刻、喀血あり。直ちに新野先生に報告。布団と寝間着を交換。先生が薬を処方するも、苦しみ治まらず。
 この日一睡もしていない』

 自分の心音が煩い。破裂しそうに苦しい。
 押さえていないと爆発してしまいそうだ。
 一人でに暴走する心臓を押さえ、僕は次の文章に目を移す。

『酉の刻、再度喀血あり。無理に我慢する様子もあり、無理をするなと促す。
 俺の血液恐怖症なんか、今更気にするなよ。そうやって我慢するから後で苦しいんだろ。
 子の刻、喀血あり。新野先生に報告するもく…を……』
『佐東一郎が気分の不調を訴える。彼も相当無理をしていたのだろう。直ちに自室で休むように促すが、まだ此処に残ると言って聞かず、仕方無いので隣の部屋で仮眠をとらせた。
 鉢屋三郎、薬を処方するも拒否。飲める時に飲むように促す』

『保健委員の皆さんへ。
 皆さんは時間あれば鉢屋君の様子を見に来てくれていますね。当番制は一時的に中止しましょう。ですが、部屋に入るのは二人までにして下さい。鉢屋君が気にしてしまってはいけませんからね。
 もし何か気付いた事があれば、些細な事でも構いません、この日誌に書いていって下さい。 新野洋一』

 次のページからは、不揃いの短い文章が目立った。

『図書室の本で、鉢屋先輩の毒と似た毒の記述を発見したので、直ぐに新野先生に相談しました。解毒薬についても書かれていたので試してみようと言う話になった。 川西左近』

『午の刻、鉢屋三郎の様子を伺うと、頭から布団を被っていた。問い掛けると、変装が解けてしまったとの事。顔を隠すものが欲しいと訴えあり。取り敢えず、包帯やガーゼ等を与える。 善法寺伊作』

『申の刻、新しい薬を試してみた。少し容体が落ち着いたようだ。 佐東一郎』

『酉の刻、夕食を食べられる気配全くありませんでした。その代わり、少しだけ手を握って欲しいと要求ありました。鉢屋先輩の手、とても冷たかった。 三反田数馬』

『子の刻、少量の喀血、嘔吐あり。苦痛や震えが酷く、薬もあまり効いていない。体温を維持させる為に湯たんぽを追加。 善法寺伊作』

『夜中、気分てんかんの為さんぽに行っていた三反田先ぱいが、ごりやくのありそうな四つ葉を持って帰ってきた。これを鉢屋先ぱいにあげよう。そして、一刻も早く体調が治るように祈った。 鶴町伏木蔵』

(…ごりやく…御利益のありそうな四つ葉…!?)
 それは恐らく、僕が眠れないあの夜に数馬君に渡した、あの葉に違い無い。
 じゃああの日、彼が流れ星を待っていた理由は…。

『巳の刻、保健委員全員に収集がかかる。鉢屋三郎の容体が悪化したらしい。
 多量の喀血と喘鳴みられる。寝間着と布団を交換。洗濯は駆け付けた後輩達に任せた。
 薬を処方するも、飲めない状態が続く。尚も喀血が酷く、失血が心配される。 善法寺伊作』

『たくさんの血の付いた服や手ぬぐいを洗った。こんなにたくさんの血…鉢屋先ぱい、本当に大丈夫なんでしょうか…? 猪名寺乱太郎』

『一年生達が泣きながら血の付いた手ぬぐいを洗っていた。血にビビってたら忍者なんかやっていけないぞって言っても泣きやむ気配無い。
 仕方無いから洗濯を引き受けて、水汲みを一年生に任せた。 川西左近』

『未の刻、喀血は治まったがまだ容体が安定しない。内臓の激しい痛みの訴えあり。薬を飲ませるも、直ぐに吐いてしまう。
 どうしたら良いんだ。 佐東一郎』

『鉢屋先輩、うわ言のように何かを呟いておられました。誰かに、必死で謝っているような…。
 先輩、謝らないで下さいよ。誰も先輩を責めたりしてません。 三反田数馬』

『酉の刻、苦しみに堪えられないのか、『殺してくれ』と繰り返す。
 こんな時に、なんて声を掛けたら良いのかわからない。六年間も保健委員会を勤めてきたのに。
 殺す事など出来る筈が無い。しかし、このままでは辛過ぎる。
 早く、毒を無効化させる薬を。 善法寺伊作』

『嘘だろ…殺してくれなんて。鉢屋先輩…。僕たちも頑張るから、先輩も頑張ってくれよ。 川西左近』

『いやだ いやだ いやだいやだいやだいやだ 鉢屋先ぱい、死なないで お願い 鶴町伏木蔵』

『鉢屋先ぱいが苦しんでる。私たちは、何もできないの? 猪名寺乱太郎』

『子の刻、新野先生が睡眠薬を処方した。睡眠薬も、これで最後にすると言う話だ。
 下級生達にも睡眠薬を飲ませた。疲れもあったのか、直ぐに眠ってしまった。 善法寺伊作』

『卯の刻、鉢屋が目覚めた。昨日程の苦痛は無いらしいが、それでも呼吸が安定していない。
 相変わらず死なせて欲しいと言葉を紡ぐ。
 生きろよ。まだ同室の奴と仲直りすら出来て無いんだろ? 佐東一郎』

「…ッ……」
 手が震える。否、手だけではない。全身が震えて止まらない。
 三郎、僕はもうとっくに許してるよ。だから…生きてくれよ…。

『辰の刻、下級生達に授業に出るように言う。下級生にこれ以上、授業に穴を開ける訳にはいかない。 新野洋一』

『午の刻、食事薬共に拒否。
 要求された訳ではないが、手を握った。数馬君の言う通り、冷たい感触だった。痩せ細った腕が痛々しい。 善法寺伊作』

『申の刻、喀血あり。背中を擦って欲しいと要求あり。
 いつの間にか一郎君が居ない。何処に行ったのだろうか 善法寺伊作』

『下級生が帰って来たので。善法寺君に休憩するように促す。
 鉢屋君の様子は昨日に比べると落ち着いているが、またいつ苦しみがぶり返すかわからない。
 町で新しい薬が入荷されたと情報が入る。直ぐに三反田君に買いに行かせた。 新野洋一』

 ここで僕はある事に気付く。
 この日誌の日付は昨日、図書室で伊作先輩とすれ違った日だ。
 次のページを見れば、一郎の字とは思えない程丁寧で改まった文章が書き綴られていた。

『先に謝罪します。保健委員会の皆にも、三郎にも、すみませんでした。
 私は図書室で、薬の本を探していました。解毒薬となるような薬は無いか、調べていました。
 でも、苦しむ鉢屋を思い出して、これ以上命長らえて苦しませるのが辛くて、いつの間にか劇薬の本を手に取っていました。
 少しでも苦しまずに逝ける薬を探していました。
 しかし、それを善法寺先輩に見付かり、殴られた後に三郎の級友の顔を見たら、激しい後悔が私を襲いました。
 生きろと言ったのは自分なのに。私はそれから逃げてしまった。
 今、頭の中が真っ白で文章上手く纏められていませんが、本当にすみませんでした。 佐東一郎』

「一郎…っ」
 そうか、それで一郎は毒の本を読んでいたのか。
 彼も彼なりに悩んで苦しんで…。ろくに眠らず、ろくに食事も出来ない状態だと言うのに。
 血液を見れない、見ては気分を悪くすると言うハンデを背負っている分、彼にとってこの苦痛は計り知れなかったに違いない。それでも、一郎は三郎の為に今まで頑張ってきたのだ。
 僕にはこの日誌でしか一郎達の行動を知る事が出来ないけど、それでも一郎は…十分頑張ったよ。
 ページを捲ると、更に揃わぬ文章が連なっていた。

『一郎君、君は今までよく頑張りました。血が苦手なのにも関わらず、付きっきりで鉢屋君の介抱にあたってくれましたね。
 そしてよく胸の内を告白してくださいました。
 辛いのは皆さんも同じです。ですから、辛くなったら誰かに相談しなさい。貴方の苦しみを、少しでも良いので私達にも背負わせて下さい。 新野洋一』

『本当は面と向かって話がしたかったけど、僕は今日忙しくてもう会う機会が無いから此処に書きます。
 今日は殴ってごめんね。顔腫れてないかい?
 君が悩んでいるのは気付いてたけど、僕も苛立ちが先立って感情を抑えられなかった。
 だから殴ってしまったけど、君は何一つ間違っていないよ。君の考えも、鉢屋君を助ける方法の一つだ。
 でも、僕達はもう少し頑張ろうと思う。例え鉢屋君が死を望んでも、それがエゴでしかなくても。
 辛いなら休んでいても構わない。でも、もしまだ彼を支えてくれるなら、もう少しだけ頑張ろう。 善法寺伊作』

『僕は一郎先輩の気持ちが良くわかります。僕も正直、もう苦しくて限界でした。
 でも、先輩達や先生の文章を読んで、また頑張ろうと思いました。
 一郎先輩、ありがとうございました。 三反田数馬』

『酷いや、一郎先輩。三郎先輩はまだ生きているんですよ?
 僕達に相談もなく、勝手に終りにさせないで下さい。
 僕はまだ下級生だけど、苦しいのは先輩と同じです。だから、一人で自分を追い詰めないで下さい。 川西左近』

『鉢屋先ぱいが苦しむのも、死んじゃうのも嫌だ。
 でも、どっちかと聞かれると、僕はやっぱり鉢屋先ぱいには生きていて欲しい。
 からかわれてもいたずらされても、僕達は鉢屋先ぱいが大好きだから。 鶴町伏木蔵』

『私はまだ信じています。鉢屋先ぱいが、いつか元気になって、また私達を変装でおどかしたりする日が来るのを。
 でも、私はまだ一年生で頭だって良くありません。だけど力になりたい。いくらでも努力します。
 少しでも早く、鉢屋先ぱいが元気になるように。 猪名寺乱太郎』

『更に汚い字で悪い。涙で殆ど字が見えない。
 俺も皆の文章を読んだら大分心が楽になった。
 三郎は幸せだよな。こんなに良い後輩や先輩に恵まれて。
 なんか、俺の所為で日誌が交換日記みたいになってしまった。すみません。 佐東一郎』

「っ…ぅッ…」
 いつの間にか、僕まで泣いていた。
 彼らの苦しみに気付けなかった自分への怒りか、保健委員会への感謝の気持ちか、或いは両方がなのか、やはり判断出来ない。
 三郎がいなくなってから今までの間、殆どの感情と言う感情が停止していた分、今まで自分の中に溜まっていた何かが溢れてきたようだ。
 ページを捲ると、白紙が目に付いた。日誌はここで終わりらしい。
 しかし、手前のページに最後の一文が書かれていた。
 それは、震えて不安定な字だが、見紛う事の無い慣れ親しんだ筆跡だった。

『皆 ごめ ん  あり がとう  鉢 屋 三郎』

「あ…あぁッ…!」
 やっと見付けた。彼がまだこの世に生きている証拠を。
 それを見た瞬間、僕の中で何かが弾けた。
「ぅッ、うああぁぁああぁッ!!」
 苦しい、切ない、嬉しい、愛しい…。
 あらゆる感情が、次から次へと押し寄せて来た。その感覚に堪える事が出来ない。
 胸が苦しい。涙が止まらない。堪え切れず日誌を掴めばクシャリと紙が折れた。
 凄まじい程の感情の波で頭の中がグチャグチャだ。でも唯一、「会いたい」と言う気持ちだけはハッキリと理解出来た。
 早く三郎に会いたい。会いたくて堪らない。
 僕は蹲るようにして何度も叫びながら、この苦しい程の想いが落ち着くのを待った。

 〜続〜




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