■ F a n t o m e d o u l e u r ■




「…ッ…痛っ!」
 街が眠りに包まれてる時間帯、ミストは夢現で背中に激痛を感じた。
「ぅっ…く、ぁ…ッ…!」
 呻きが出てしまう程の痛み。彼はゆっくり目を開けた。
 時間は夜の二時半。夜明けはまだ遠い。
「…久し振り、だな…背中が痛むの…」
 小さく呟き、震える手で身体を支えて起き上がる。
 痛み止めはあっただろうか、とミストはサイドテーブルの引き出しに手を掛けた。
 あるにはあった。しかし、有効期限が切れてしまっている。これでは飲めない。
 ちぇっ、と声に出すと、引き出しの中に入っていた箱から白く小さな筒状の物を取り出すと、それを咥えてベッドを下りた。
「ッ…いたた…」
 背中の痛みが治まるまでは眠れそうにない。
 少しでも気を紛らわそうと、外の空気に当たる為にベランダに出た。
 夜の風がひんやりと頬に張り付いたが、嫌な寒さでは無い。
 白い筒越しに空気を吸い、ため息と共に白息を吐き出す。
 その時、彼の横で声がした。
「ヒヒッ、お兄ぃさん♪」
「ん?」
 声のした方向へ顔を向ける。隣の部屋のベランダでゆっくり影が形を成して浮かび上がった。
 パジャマのズボンだけを穿いている、半裸の男。
「…スマイルさん…何だい?その格好。露出狂?」
「ヒッヒッヒ♪酷いなぁ。激しい運動しちゃったから、ちょっとクールダウン」
「て事はリネスも相当ヘトヘトな訳だね。元気で何よりだよ」
 クスリとからかうように笑う。釣られるようにスマイルも笑った。
「ウン☆でもリネちゃん今は疲れてぐっすり♪にしても意外ダヨ。お兄さんタバコ吸えたんだ」
「え?…あぁ、これ?違うよ。これはリラックスパイポ。ほら…」
 言ってミストは筒の先端をスマイルに向けた。それには火は愚か煙草の葉すら詰まっていなかった。
「あ、ホントだ。そんなの咥えてどうしたのサ?」
「うん…ちょっと眠れなくてさ…」
「はは〜ん、もしやリネスの声に興奮して!」
「違うよ。その時はバッチリ寝てたし」
「あらら、ハズレちゃった?ヒッヒッヒ…」
 相変わらず良く笑う男だ。ミストは少し笑みを浮かべた。
「…背中がね…痛むんだよ……」
「背中?」
「うん。正確には、翼がね…」
「アレ?お兄さん翼あったっけ?」
「無いよ。…無いから、痛むんだ…」
「??」
「ねぇ…ちょっと、昔話に付き合ってくれないかな…?」
「…良いヨ」
 大きく息を吸い込み、ミストはゆっくり語り出した。

 あれは、いつだったっけ…。昔「Magic」は喫茶店じゃなくてコーヒー専門店だったのは知ってるよね?だから100年以上前の話だ。
 その時の私は成長が止まってて、40歳過ぎても身体はまだ子どものままだったんだ。
 それから暫くしてかな、いきなり二次性徴が始まったっだ。それが切っ掛けで身長も伸びて…その成長途中に、それは起きたんだ。
「っ!…痛っ…」
 急に背中に痛みを感じるようになったんだ。背中が張るような…そんな痛み。
「あれ?ミスト、どうしたんだい?」
「な、何でもないよ!」
「そう?なら良いけど…」
 店長が背中を痛がる私を心配して良く話し掛けてくれたんだけど、私は心配掛けまいと嘘をつき続けたんだ。
 鏡を見て何度も背中を確かめたんだけど、そこにはいつもと変わらない背中があるだけだったんだ。背中と…小さな突起物が二つあるだけで。
 その突起物は吸血鬼の翼と同じ形をしていたんだけど、私のそれはリネスのよりも一回りも二回りも小さくて、羽ばたいても少し身体が軽くなる程度だったんだ。
 それでも私は、大人になったらこの翼は大きくなって、リネスみたいに自由に空を飛べるって信じてたんだ。
 でも、翼の痛みは日に日に増して、ある日とうとう立てない程になったんだ。
 店で急に倒れた私に気付いて、リネスと店長が慌てて駆け寄って来たのをよく覚えてるよ。
「ミスト!どうしたの!?」
「しっかりしな!ミスト!」
「痛い、痛いよッ!翼が千切れるッ!」
「翼…!?」
「兎に角、医者に看せないと…!」
 そんなこんなで私は病院に担ぎ込まれたんだけど、その時私の翼は大変な事になってたんだ。
「えっ…先生、それはどう言う事ですか?」
「分かりやすく言いますと、ミストさんの翼はあの大きさのまま骨だけが成長しようとしているのです。このままでは骨が皮膚を突破ってしまいます。早く治療した方が良いですね」
「治療?」
「骨の成長を止める治療です」
 翼の骨の成長を止めて、皮膚が突破られるのを防ごうと言うのだ。
 その言葉にリネスと店長は納得したんだけど私は納得しなかった。
「ぃ、嫌だ!絶対嫌だ!」
「ミスト、わがままを言うな」
「嫌だ!だって…翼の成長止めたら、これ以上大きくならないでしょ!?そんなの絶対嫌だ!」
「ミスト…」
「私もいつかはリネスみたいに自由に空を飛びたいんだ…!!」
 空を飛びたい、それだけで私は治療を拒み続けた。肉体の年齢は兎も角、生きた時間で考えたら私は成人だった。本人の了承を得ない限り、治療は行われない。
 やがて翼が腫れ、化膿して、自分で動かせなくなっても私は死に物狂いで拒絶した。
 その事を、私は多分一生後悔するだろうね。
 ある日、私は高熱を出したんだ。苦しさと翼の痛みで気を失う程、私の身体は深刻だったんだ。
 一週間ぐらい危険な状態が続いたんだけど、熱が下がってからは背中の痛みが更に強くなったんだ。
 翼全体がズキズキ痛んだ。
 泣きながら店長やリネスに縋る事も少なく無かった。
 痛み止めも処方されてたんだけど、一時凌ぎの気休めだった。
 何日も眠れない日が続いて、私はとうとう限界を叫んだ。
「痛いよッ、リネス!…助けてよ…!お願い!」
「ミスト…ゴメン…」
「謝らないでよ!も…嫌だ!こんな翼いらないッ!!」
 痛みに耐え兼ねて私は背中に手を回したんだ。翼を掴んで、本気でもぎ取ろうとしたんだ。
 でも…現実はもっと残酷だった。
「ッ!!?」
「…っ、ミスト…」
「…何で…?何で、翼が無いの…?」
 翼にハッキリ痛みがあるのに、手を伸ばした先は包帯とガーゼの感触しか無かったんだ。
 つまり、熱を出した時点で既に翼は壊死を起こしていて、切断しないと助からない状況だったんだ。小さい翼だったから、直ぐに腐ったんだよ。
 命に関わるからと医者とリネスの判断で、翼は切られた。治療さえしていればこうにはならなかったのに…。
 後で知ったんだけど、無い筈の翼が痛んだのは幻肢痛って言う現象なんだ。今私の背中が痛いのも、それが原因。
 幻肢痛と、怖くて背中を見れなかった、触らなかった事で、私は一週間も翼が既に無かった事に気付かなかったんだ。
「ごめ、なさぃ…!ごめんなさい!もういらないなんて言わない!治療もちゃんと受ける!だから…翼を返して…!お願いだから、翼を返して!!ぅ、うわあぁああッ!!」
 その時は本当に泣きまくったよ。翼を返してって、懇願しても全て後の祭りなのにね。自分の翼で空を飛ぶ夢は永遠に消えちゃった訳。
 その後は背中の骨の形を整える手術をしたり、魔術医療で傷跡を消したり、カウンセリングを行ったり…あ、催眠治療ってのもやったかな。幻肢痛の軽減の為に。
 やっと病院に通う必要が無くなったのは三年後。でも、時々消えた翼が恨みを吐くようにズキズキ痛むんだ。
 話はこれで終わりだよ。……なかなかの笑い話だったでしょ?

 数日後、ミストの元にポップンパーティの影武者の依頼が来た。
 影武者と言っても、ユーリ(今回の場合はエリオル)のオマケのような役割で、倒れたマイクスタンドを起こすのと最後に少し顔を出すだけすれば良いとの事だった。
「お前も大変だな。店があるだろうに」
「店はリネスに任せたから。それに、舞台で歌うのと比べたら気が楽だよ」
 エリオルの言葉に、ミストはそう言って冗談っぽく笑う。
「あ!いたいた!お兄さ〜ん!」
 突然人込みを突き抜けるような大声に、ミストはビクリと肩を震わした。
「ッ!ス、スマイルさん!此所でお兄さんはマズいよ。仮にも貴方が年上なのに…」
「あー、仮にもって何サ。まぁ良いや。ちょっと渡したい物があるから付いて来て!」
「え?ぁ、ちょ、ちょっと!」
 半ば強引に腕を引かれるミスト。スマイルは人気の無い広場へ彼を連れ込んだ。
「何?スマイルさん。私もうすぐ本番なのに…」
「ウン、ちょっと渡したい物があってさ」
「渡したい物?」
「小道具。多分必要だからさ」
 そう言ってスマイルは背負っていた物を下ろしてミストに渡した。
 翼の生えた、機械のような物。受け取るとズシリとした重みが腕を響かせた。
「何、これ…?」
「ヒヒッ、ジェットだよ!エリオルさんのライヴが大成功したらそれを使って空を飛ぶんダヨ☆」
「え…?」
 ハッとスマイルを見る。彼はいつもの笑顔を浮かべたままだった。
「ユーリと決めたんだ。大成功したらDeuilの三人で空中散歩しようって。ボクのアイディア!まぁ、王子様が乱入して正確には四人だけどネ☆」
 手渡された機械を握り締める。その手は震えていた。
「…スマイル…さん…。もしかして、私の為に…?」
 ミストは問うが、その答えをはぐらかすようにスマイルは彼のの背中を押した。
「ヒヒッ♪さぁさ、もうすぐ出番ダヨ♪」
「えっ!でも練習も何もしてないのに…!」
「カンタン♪カンタン♪スイッチ押して適当に操縦するだけだから」
「て、適当って…」
 そのまま舞台裏まで戻る。既にエリオルもスタンバイを終え、後は出番を待つだけになった。
 そしてスマイルはミストの肩を叩いて言う。
「行ってきなヨ。空を飛ぶのは夢だったんデショ?吸血鬼の翼より重くて申し訳ないケド☆」
「ううん、十分だよ。ありがとう、スマイルさん…」
「ヒヒッ♪」
 二人が短く笑顔を交わした直後、エリオルがミストに声を掛けた。
「時間だ。早く身体を消せ」
「はい!…じゃあスマイルさん、行ってきます!」
「楽しんでおいで♪」
 身体の色を消し、ミストは舞台への階段を駆け上がった。

 スマイルが予想した通り、エリオルのライヴは大成功した。
 舞台に小さなゴンドラが下ろされ、ゼッドがそこに乗り込む。
「落ちるなよ、ゼッド」
「誰が落ちるか!」
 冗談を掛け合い、ゼッドは獣化した。
 ミストも急いでジェットを背負うとエリオルの元へ戻った。
「大丈夫か?」
「準備良いよ」
「ワンっ!」
「よし、では…行くぞ!」
「うん!」
 力強く頷き、ミストはジェットのスイッチを入れる。
 そして、彼は満月の浮かぶ夜空に向かって初めて飛び立った。

〜fin〜




〜 あ と が き 〜

95%関係ないけどサンホラの「見えざる腕」を聞いてて思いついた話。題名も「幻肢痛」から。
ミストも昔は翼があったんです。飛べない翼でしたが。




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