■ 悲 し き 覚 醒 ■




 意識が上昇する。
 肌を撫でる泡の感覚が、自分の覚醒が近いと言う事を知らせてくれた。
 アタシは…被験体名は「A.B.A」。27番目のホムンクルス。その中で唯一「成功作」。多分、人の形まで成長したのは、アタシだけだ。
 アタシを開発した医者の名前は「パラケルス」。アタシと関わりを持つ唯一の人間。

 手が液体を掴む。

 足が底を蹴る。

 身体が正常に動く事を最終確認し、アタシは覚醒へと意識を向かわせた。
 目を開けたら、開発者「パラケルス」と、その助手らしき人物が、アタシの居る「フラスコ」の前を囲むように立っている。アタシの覚醒を祝福してくれる。そう言うものだと、アタシは思っていた。
 しかし、覚醒したアタシが見たのは、あまりにも寂しい現実だった。

(………?)
 最初目に映ったのは、沢山の泡と薄暗い室内。
 人の姿は見当たらなかった。
「………」
 どう言う事だ?研究所が休館でも監視役がいる筈…。
 アタシは再度周りに人の気配がしないのを確認すると、フラスコの底を強く蹴って身体を水面へと浮上させた。

「…ッ…!!」
 フラスコから這い上がった時、アタシは身体を襲う凄まじい重圧に身を伏せた。
 立って、歩くと言う行動は、フラスコの中に居る時は簡単に出来る行為だと思っていたが、水の中より重く感じる身体では上手く動けない。
 アタシは這うようにして身体を少しずつ動かしながら、暗い室内を手探りで進んだ。

 覚醒してから数分、アタシは奇妙な事に気付く。
 研究所は人の気配どころか、殆どの生活機械自体が停止されていた。
 昇降機を見付けたが、電源が入っていない。空調も、一部を除いて起動していない。
 これだけ大きな建物だと、どれか一つでも欠けていれば研究に差し支えるだろうに…。
 徐々に重力に慣れてきた。アタシは手すりにすがるように立ち上がると、ゆっくりと建物の中を歩いた。

 しかし、捜索すればする程、人を探せば探す程、アタシの中に焦りと不安が募っていく。
 アタシの生まれついての知識の中に、研究所に誰も居ない時に覚醒した場合どうすれば良いか、なんて情報は無い。常に誰かがアタシを監視していたから、その者に従えば良いと思っていた。
 研究員が此処を離れる事はあっても、全員が居ない事なんて無かった。
 でも、そのまさかがあるかもしれない。アタシの身体はまだ未完成。きっと戻って来てくれる。
 根拠の無い希望と知りつつ、アタシは研究員が帰って来るのをひたすら待った。

 その希望が絶望に変わったのはいつからだろう。
 日が昇っては沈み、窓の外の雪が厚さを増しても、フラスコは相変わらずアタシ一人。
 待てども待てども誰も来ない。何故だ?パラケルスはアタシを棄てたのか…?
 思考は悪い方向へ傾くが、傾いた心を支える人も居ない。
 そして、吹雪が狂い舞うある日、アタシは真実を確かめるべく初めてフラスコの外に出た。
「……ッ…!」
 扉を開ければ、雪を纏った冷たい空気が瞬時にアタシに絡み付いた。
 体液に水銀が含まれている為、アタシの身体は厳しい寒さに堪える事が出来ない。
 でも、今のアタシにはどうでも良かった。ただ、現状を知りたかった。
 深い雪に何度も足を取られ、手足の末端の感覚が無くなっても、アタシは足を止めなかった。

 そして、絶望は確信へと変わった。

「……ッ!!?」
 アタシが見たのは、大門に何重にも厳重に巻かれた、『KEEP OUT』と書かれた黄色のテープ。
 それは、研究所が完全に閉鎖されてしまっている事を物語っていた。

「…ぅッ…!」

 事実を知ってしまった。やっぱり、アタシは棄てられたんだ…。

〔ナラバ、アタシハナンノタメニウマレテキタ…?〕

「ッ……ぅうっ…ぁッ…!」

 感覚の無い筈の手がテープを強く握る。指先は既に変色して人のそれとは思えない程だった。

〔ヒエタテトココロヲアタタメテクレルモノモ、アタシニハソンザイシナイ…〕

「あ…うッ…!!」

 山奥の大きな洋館にアタシ一人。未完成の身体は創造者が居ない以上完成する事も出来ないだろう。

〔コンナヤマオクニヒトガクルトハオモエナイ。アタシハズットヒトリボッチ…〕

「ぅ、うああぁあああぁああッ!!!!」

 覚醒から100時間後、アタシは初めて悲しい産声を上げた。

〜fin〜




〜 あ と が き 〜

携帯で書いたアバSS。
きっと目覚めた時はこんな感じだっただろうな〜なんて事を考えながら書いた。




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