それは、Deuil宛に送られてきた一つの箱から始まった。




■ パ ス タ ■




「あれ〜?ユーリ、コレな〜に〜?」
 仕事から帰ってきたスマイルは、玄関に置いてあった炊飯器大の大きさの箱を持って、ユーリのいるリビングに入ってきた。
 落ち着いた色合いの包装紙に包まれたそれは、ずっしりとした重みがあり、軽く振るとザラザラという音がする。
 その音に好奇心を抱いたのか、スカイもその箱に興味を寄せる。
「…楽器?シャカシャカの…」
 恐らくマラカスの事だと思うが、スマイルは「イヤ、違うとオモウ…」と言って首を横に振った。
「ああ、それはジズから送られて来た物だ。中はまだ見てないから知らんが」
「ふ〜ん…じゃあ、開けちゃうよ?」
 と、彼はユーリの返事を聞く前にビリビリと豪快に袋を破った。
 中には、白い便箋と麦を描かれた箱があった。どうやら、中に入っているものは食べ物らしい。
「手紙には何て書いてある?」
「えーとねぇ…『面白いパスタを手に入れたので、Deuilの皆さんにもお裾分けする』って書いてある。中身パスタだって!」
 やった〜♪と、彼は両手を上げて喜んだ。
「パスタか…最近カレーばかりだったから丁度良いかもな」
 と、ユーリも頬を緩ます。スカイも嬉しそうにスマイルを真似て万歳している。
 その時、タイミングを計ったように仕事から帰ってきたアッシュがリビングに入ってきた。
「ただいまっス。あれ?何スか?ソレ」
「あ、アッス君!ジズがパスタ送って来てくれたんだって!」
「本当っスか!?今日買い物する時間無かったから丁度良かったっス。で、どんなパスタなんスか?」
「今から開けるトコロ〜♪」
 と、スマイルは箱の蓋に手を掛けた。

 そして、ゆっくりそれを開き、中に入っていた透明の袋を引っ張り出す。

「…お?珍しい形☆」
「…変形パスタか」
「あ、ちょっと可愛いっス」
「……カラフル」

 第一印象、否、パッと見では皆、そんな悪くない印象を持った。
 しかし、良く見ると………

「……ぅわッ!!!」
「こ、これは!!?」
「スカイ!見るなっス!!」
「?」

 スマイルは驚いて袋から手を離し、ユーリはそれを見て眉間に皺を寄せる。アッシュは顔色を変え慌ててスカイの目を塞いだ。
 その袋の中に入ってあるのは、確かにショートパスタの類の物だった。
 種類の近さで言うなら、オルーテ(車輪型)が近いであろう。
 普通の黄色の他に赤や緑の物がある事から、トマトやほうれん草が練り込まれている物もある事が分かる。
 しかし、問題はその形にあった。
 小さな二つの丸と長方形、そして、小さな三角形を組み合わせた形のそれは…口に出しては言いたくない、所謂モノの形をしていた。
「…竿か?」
「ムスコ?」
「言うなっス」
 アッシュは、青い顔のまま呆れとも嫌悪とも取れる溜息をつく。手の中でもがくスカイの存在を忘れて。
「……アッシュ、痛い」
「あ、ゴメンっス!あ〜、スカイはちょっと向こうに行っててくれるっスか?」
 アッシュは肉体は成人とは言え精神年齢がまだ幼いスカイには、これを見せる訳には行かない、と判断し、部屋を出るように指示する。
「でも、パスタ…」
「あ、後でしっかり見せてあげるっスから!」
「……」
 スカイは少し不満そうな顔をしたが、直ぐに彼の言う通りに別の部屋へと移動した。
「しかし、こんな物を送ってくるなんて…」
「あの幽霊紳士さんは何を考えてるんダロ?」
「俺、あの人の考えてる事わからねぇっス…」
「と言うよりアッシュ、お前はこれを調理出来るか?」
 ガクッ、とアッシュが脱力する。そう言えば今日は買い物してないんだっけ?
「…アッス君、これ晩御飯にするんデショ?」
「…するっスよ。こんな物、いつまでも置いときたくねぇし」
「スカイはどうする?」
「確か、棚の奥にルマーケ(カタツムリ型)が少し残ってたから、それで誤魔化すっス」
「…私もそっちの方が良かったな……」
「諦めて下さい」
 そう言って、アッシュは再び、大きく溜息をついた。

 ザラザラと、袋の中身のものを秤の上に載せた紙の上に開け、分量を量る。
 三人前ぐらいの分量を秤に乗せた所でその手を止めた。
「…どう調理しようか……」
 パスタの山の前で、彼は頭を抱える。
 オルーテならサラダに適しているのだが、スープに入れるのもいいかもしれない。
 しかし異様な形だ、とアッシュは思った。最初、ちょっと可愛いと発言してしまったのが恥ずかしいぐらいである。
(どうにかして別のものに見えないっスかねぇ?)
 と、彼は一粒、それを摘み上げた。
(………)
 丸を耳、三角を鼻とすれば犬の形に見えなくも無い。
 しかし……かなり無理がある。
 ではネズミ?…いや、それも違う。
 ならば、逆さにしてロケット……う〜ん…。
「……ナニじ〜っとソレ見つめてんのサ〜?や〜らし〜★」
「うわっ!スマ、いつの間にいたんスか!?」
 人に見られたくない所を見られ、アッシュは小さく飛び上がるほど驚く。
「あ、別にイイんだヨ?妄想に浸るのは個人の自由ダシ」
「ち、違うっス!調理法を考えてたんスよ!」
「ふ〜ん…」
 明らかに信じてないような反応を返し、スマイルはキッチンにある椅子にどっかりと座った。
「…で、結局どう調理すんノ?」
「まだ、決まって無いっスけど、取り合えずこれを茹でるっス」
 と、アッシュは棚から大き目の鍋を取り出すと、それに水を入れ始めた。
 そして、たっぷり水の入った鍋をコンロに乗せ、火をつける。
「……ねぇアッス君、なんでコレ、こんな形か知ってる?」
「…知らねぇっスよ。知りたくもねぇっス」
「まぁまぁ、悪い話じゃないから聞いてよ。これはね、イタリア地方で『子宝に恵まれますように』って願いを込めて作られた物らしいヨ」
 と、スマイルは、箱に入ってあった解説書を見ながら言う。
 意外な由来に、アッシュは「へぇ」と感嘆の声をついた。
「そうだったんスね、知らなかったっス」
「ウン。それでね、結婚式の日には新郎新婦にこのパスタをばら撒く習慣もあるんだって。ライスシャワーみたいに」
「………」
 冷蔵庫の材料を探っていたアッシュの手が、一瞬止まる。
 願掛けに作られたパスタが、結婚式でばら撒くのは別に嫌な感じはしない。
 しかし、形が形なのである。ばら撒かれた方はどんな感じだろう?
 少なくとも、メルヘン王国ではそれをされると堪ったもんじゃない。
(あー…駄目駄目!考えない、考えたら負けっス!)
 何に負けるのかはさて置き、彼は雑念を払うように首を横に振った。
「アレ〜?また犬君が変な想像してる〜★」
「してないっス!」
「そうそう、あともう一つ。このパスタの名称は『ミンキエッティ・ムルティコローリ』。意味は、いろいろなt…」
「言わんでいいからとっとと出てってくれっス!!」
 アッシュに一喝され、スマイルは「キャ〜!」とふざけるように叫びながらキッチンを出て行った。

「アッシュ、一つ聞いていいか?」
「はい…?」
「確かに私はこの調理法は嫌いではない。だが、今回は別だ。何故ホワイトソースなのだ?」
「……俺の選択ミスと、城に残っていた食材と相談した結果っス」
 呆れて物も言えない、と言う風に、ユーリは額に手を当てて溜息をつく。
 最初はペペロンチーノ風にしようかと思っていたのだが、ユーリがあまりニンニクが好きではない事を思い出し、脳内で却下した直後にホワイトソースを絡める調理法を思いついたらしい。
 これは、料理人としての心が出した答えである。決して彼は狙った訳ではない。
 だが、ナニの形をしたパスタと白濁とした白。前者だけでも十分如何わしいそれが、後者を加えた事により更にエロティックな物になってしまった事に気づいたのは調理した直後。
「馬鹿じゃないか?お前」
「すまねぇっス…」
「まぁ、作っちゃった物は仕様が無いし〜、取り合えず食べよ?」
 と、スマイルとユーリ、アッシュはそれぞれテーブルに着いた。
 スカイは、アッシュとスマイルが出した「ギャンブラーZのビデオを見ながら飯食って良い」との特別許可が降りたため、ルマーケ型のパスタを持ってスマイルの部屋へ行ってしまった。
 椅子に座った三人は、ほぼ同時に手を合わせ、
「そんじゃ、イタダキマ〜ス☆」
「頂きます」
「頂きますっス」
 と言ってフォークを持った。

 しかし、

 誰もそれを口にしようとはしない。

「………」
「………」
「………」
「……おい」
「はい?」
「何故誰も食わん?」
「…ボクは二番目でイイヨ。二人のどっちかが先食べて★」
「お、俺も…」
 と、二人はフォークを握った手をテーブルに置く。
「…ふん、情け無い奴等だ」
 と、強がりな台詞とは裏腹に、ユーリは恐る恐るそれをフォークで刺し、持ち上げた。
 反動だろうか、皿から離れた拍子に、黄色のソレはふるりと震える。
 その様子に、スマイルは「うわぁ…」と小さく声を上げた。
「…茹でると大きくなるのに、ふにゃふにゃダネ」
「しっ!余計な事言うなっス!」
「……」
 ピクッとユーリの眉間が痙攣したように動いた。
 そして、彼はゆっくりとそれを口へと持っていった。
「………」
「……ぁー…」
 いよいよ、奇妙な形のそれが人の口に入る。
 その瞬間を見ようと二人はユーリの顔を凝視した。
 そして、アッシュがゴクリと生唾を飲み込んだ、その瞬間、

 ダンッ!!

「うわっ!!」
「ひいっ!!」
「いい加減にしろ!そんなに見つめられたら食える物も食えない!!」
 二人に見られている、と言う状況に耐え切れなくなったのか、ユーリは強くテーブルを叩き、そう怒鳴った。
「す、すまねぇっス!」
「ゴメン、ユーリ…」
「全く、お前等が先に食え!それまで私は絶対に食べんからな!」
「「そ、そんなぁ!」」
 二人の声がハモる。それも、絶望を思わせる旋律で。
 アッシュとスマイルは、飛ぶ羽を奪われた鳥のような目でパスタを見下ろす。
「スマ…あの」
「アッシュが先にタベテ!」
「な、何でっスか!?これ作ったのは俺っスよ!」
「でも、わざわざこんなエロイ、ホワイトソース和えにしろなんて、ボクは一言も言ってないヨ!第一、買い物して来なかったアッシュが悪いんじゃない!」
「うっ…」
「それに、まさか自分が作って食べられないものをボクに食べさそうとしてるんじゃないでしょうね?」
 そこまで言われると、アッシュは何も言い返せない。
 ユーリの視線も、アッシュが先に食べるものとして彼を見つめている。
「…わかったっスよ」
「ヨッ!それでこそアッス君!漢ダヨ!!」
「パスタが冷めん内に、早くするんだな」
 仲間達の声援(?)を受け、彼はフォークを握る手に力を込める。
 そして、ザッと盛られたパスタの中にフォークの先を突っ込み、掬い上げる。
 すると、四粒のそれがフォークに絡み、持ち上げられた。
「さぁ、イッキにネ★」
「……」
 震える手に合わせて小刻みに揺れるそれを見て、アッシュは一度深呼吸をする。
 フォークに引っ掛かっていたパスタの中で、一番目立つ色付き(赤)のパスタ。
 トマトを混ぜ込んだ赤いパスタに、白いソースが絡めてある。
 その白に埋もれた赤はどのパスタより映えていて、何より――ゴニョゴニョ。
 頭の隅からジワジワと侵食してくる、アレのイメージ。
 そればかり頭に着いて離れなくなってしまった。
 駄目!駄目だ!想像してはいけない!そう、これをナニと思うから駄目なんだ!もっと他の物と思えばいい!コレは犬だ!ネズミだ!ロケットだ!
(…ええい!死にはしないっス!)
 意を決し、彼はとうとうそれを口に運んだ。
「おおっ!」
 と、スマイルの口から歓声が上がった。
 そして、ゆっくりと咀嚼運動を開始する。
(ああ、噛んでる噛んでる噛んでる、っス…)
 まるで実況中継のように脳内で今の自分の状況を反芻する。
 数回顎を動かした後、彼はゴクンとそれを飲み込んだ。
 後に残ったのは、静寂のみ。
「……アッシュ…」
「どう、だった?」
「……いっス…」
 喉を掠めるような小声に、スマイルはもう一度耳を傾ける。
「え?」
「普通に、美味いっス…」
 と、精も魂も尽き果てたような表情で、アッシュは呟いた。

 結局その後、彼らは「美味い」と言ってそれを食した。
 しかし、棚に仕舞った残りのミンキエッティ・ムルティコローリに手がつけられる事は、決して無かった。

〜fin〜




〜 あ と が き 〜

『ミンキエッティ・ムルティコローリ』は実際にあります。日本には輸入していないみたいですのでイタリアへの旅行の際には是非。
ちょっと食べてみたい。




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