■ R e u n i t e ■




「ゼッドさんてさぁ、イイ人ダネ☆」
「はあ?」
 オフの日のおやつの時間、スマイルが唐突にそんな事をアッシュに言った。
 言われた方のアッシュは、何故彼がいきなりそんな事を言うのか解からず、頭の上に疑問符を浮かべる。
「何スか?いきなり…」
「いやさ、こないだ君の兄さん来たよね。ちょっと思い出してさ」
「ふ〜ん、スマには兄弟はいないんスか?」
 その質問に、スマイルは「ん〜ん」と首を振った。
「昔、兄さんがいた。……ううん、今も多分、いる」
「多分?」
 意味深なその言葉に、アッシュは眉を上げる。
 スマイルは、砂糖を入れすぎて甘ったるくなった紅茶を飲み干すと、カップをテーブルにおいて彼に言った。
「兄さんはね、200年とちょっと前に「ちょっと出掛けてくる」って言ったきり戻ってこなかったんだよね。ボクはその時はまだ20過ぎたお子様でさ、まだ子供のボクを置いて、どっか旅に出てしまったワケ。」
「20過ぎたお子様?」
「ああ、アッシュは知らなかったっけ?透明人間はフツーの人より成長が遅いんだヨ」
 それを聞いてアッシュは、そうだったんスか、と呟いた。
「でね、それ以来、ゼンゼン会ってないんダヨネ〜」
「じゃあ、それからずっと一人で暮らしていたんっスね」
「ん〜、って言うか、その後スグ村追い出されてさぁ、森に逃げ込んだらユーリに拾われたんだよね」
「あ…」
 村を追い出された。
 それは、彼の左眼がその原因だった。
 その村では昔、『金の眼を持つ者は不幸を招く』という根も葉もない迷信があり、金の眼を持つ者は虐殺、追放されていた。
 スマイルも(片目だけであったのにも関わらず)その例に漏れず、村を追放されたのだ。
 アッシュは恐らくスマイルにとっては一番悪い記憶を思い出させた気になり、少々罪悪感を覚えた。
「す、すまねぇっス、変な事言って…」
「別にいいヨ、アッス君の所為じゃないし、過ぎた事だしね」
 過ぎた事は気にしない。それがスマイルのモットーだ。
「スマの兄さんって、どんな人なんスか?やっぱり、スマに似てるんスか?」
「ん〜、見てくれは似てるんだけど、性格は違う…カナ?なんかくら〜いんだよね。あ、でも髪の色はアッス君みたいに綺麗な緑色なんダヨ」
「へぇ、一度会って見たいっスね」
 そう言ってアッシュは、自分が焼いたクッキーを口に運んだ。




 それから数日後、午前中に仕事を済ませたアッシュとスマイルは、夕方買い物の為に町へきていた。
「アッス君〜☆今日はカレーがイイナ〜☆」
「えぇ〜?この間食ったばかりじゃないっスか!かれいで我慢するっス」
「ヤダヤダ!かれいは魚じゃんか!カレーライスがいいー!!」
「駄々をこねるな!あんた幾つっスか?」
 そう言って彼はため息をつく。
 また始まった。スマイルは10日に一回はカレーを食べないとこう言う風に癇癪を起こしてしまうのだ。
 こうなると、いくらスマイル剥がしのベテランのアッシュでも手がつけられない。
「…わかったっスよ。仕方無いっスねぇ」
「ホント!?わ〜い!ありがとうアッシュ!大好きw」
「わっ!ちょ、スマ!!街中で抱きつくのは止めるっス!」
 全く、スマイルファンが見たら気絶しそうな光景である。




 食品売り場で、食料を選んでいたアッシュは、いつの間にかスマイルがいなくなったのに気付いた。
「あれ、スマ?……またいなくなったっスか」
 スマイルと買い物していて、彼がいなくなるのはいつもの事だ。
 ただ姿を消した事に気付いていないのでは無く、本当に何処かへ行っているのである。
 どうせまた、お菓子売り場かおもちゃ売り場にでも行っているんだろう。
 そして、アッシュが買い物を終え、店を出る時間になると、またヒョッコリと現れるのだ。
「ったく、しゃー無ぇ奴っス」
 ため息をつき、彼は買い物を続けようとした。
 その時、スマイルに似た人物が彼の視界に入り、その方向に目を向けたが、直ぐに人違いとわかり、視線を戻した。




 レジを抜け、袋に食品を詰め込んでいる時、スマイルがアッシュの背後に現れた。
「ギャンブラースナック、買ってくれた?」
「うわっ!びっくりしたっス!」
 アッシュの反応が可笑しく、スマイルは面白そうに「ヒッヒッヒ」と笑う。
「アッス君てさ、後ろ弱いよね?」
「も〜、笑ってないでスマも手伝うっス!」
 と、アッシュは食品と一緒にビニール袋を突き出した。
 そして、荷物を入れ終えた二人は、早く城に帰ろうと店を出た。
 しかし、
「あちゃ〜、雨っス…」
 外は激しい雨が降っていた。遠くの空からは雷鳴さえ聞こえる。
 小降りなら走ってでも帰れたが、これは傘が無いと、間違いなくずぶ濡れだ。
 生憎、二人とも傘など持っていない。
「ヒヒッ、スゴイ雨だね〜。雷舞君、何か嫌な事でもあったのかなぁ?」
「う〜、ユーリは今日遅くまで仕事だし、止むまで待つしか無いっスね」
 そう言って彼は、屋根の下で止む気配の無い空を見上げた。
 そして、ふと頭を過ぎった話題を口にする。
「…そうそう、スマ。俺さっきスマにそっくりな人見たっスよ」
「え、どんな人?」
「ん〜、後姿しか見てないんスけどね、髪型とかがすっごい似ていて…あっ、ちょうどあんな感じの人っスよ」
 と、アッシュが指を指したのは、車道を挟んで向こう側、ちょうどその人が傘を差して歩いていた。
 その位置から見ると、本当にスマイルそっくりだった。
 髪型は勿論、顔や体格、更には顔の半分を包帯で覆っている所まで同じだった。
 ただ、唯一違うのは髪の色。
 森の木のような、綺麗な緑。
 瞬間、スマイルの目が見開かれた。
「クール…兄、さん?」
「えっ!?」
 兄さん、と聞いて、アッシュはハッと思い出した。
 確か、彼の生き別れになった兄も、髪は緑だったと言う事を。
「ごめんアッシュ!ちょっとボク行って来る!!」
 そう言って彼は道路を飛び出した。
 急に飛び出した所為で、車が一瞬事故を起こしかける。
「スマ!!」
 アッシュも追いかけようとしたが、荷物を濡らす訳にはいかないと思い、傘を買う為に一旦店の中へと戻った。




 一方スマイルは、何とか道路を渡ったのはいいが、人が多い所為で彼を見失ってしまった。
「兄さん!…兄さん!!」
 彼が向かっていた方向を思い出し、彼はその方向に向かって走り出した。
 邪魔な人を掻き分け、彼は必死に緑を探す。
 そして、曲がり角を曲がった所に、その人物を見つけ、スマイルは叫んだ。
「待って!兄さん!!」
 その声に、スマイルに似た彼は足を止め、ゆっくりと振り返った。
「っ!」
 彼は、本当にスマイルと面影が似ていた。
 違う所があると言えば、髪の色と、どこか大人びた、冷たい空気を漂わせている事だけである。
「……兄さん…だよね?」
 走った所為で荒くなった息を整えながらスマイルは言ったが、緑の髪の男は何も言わない。
「ねぇ、何か言ってよ!」
 スマイルは一歩、彼に近づいた。
 しかし、その彼は目を閉じると首を横に振り、否定を示す。
「…人違いだ」
 スマイルより低い声。しかし、スマイルの朧掛かった記憶の声とその声が一致した。
「嘘だ!あれから200年経ったけど、ボクは覚えてるんだからね!!」
 ブンッと首を振り、スマイルも彼の言葉を否定した。
 その勢いで、彼の髪に付いた水滴が飛び散り、雨に混ざって地面に落ちる。
「私がお前の兄と言う証拠が何処にある?」
「証拠は…ボクがその証拠だよ!こんなに似ているのに、赤の他人な訳無い!!」
「世の中には、自分に似ている人物が二人いると言うが?」
「で、でも…」
 それじゃ納得できない。
 そんな思いを込めた瞳で彼を見た。
「ならば、どうすれば人違いだと信じる?」
「…じゃあ、その包帯取ってよ」
 スマイルが言ったのは、自分と同じ方向に巻いてある包帯、それを取る事だった。
「その包帯の下が、ボクの思ってるのと違ったら、認めるよ」
 もしかれが本当に自分の兄ならば、アレがある筈。
 それを確かめる為、スマイルはそう言ったのだ。
 やがて彼は、ゆっくりとその顔の包帯を取り払った。




 パシャ、と水溜りが音を立てて跳ね上がる。
 透明な安物のビニール傘を差しながら、アッシュはスマイルを探していた。
「……あっ、いた!」
 少し人の少ない曲がり角に彼はいた。
 いつもは横に跳ねている髪の毛が、雨に濡れているせいで真っ直ぐ地面を向いている。
「…スマ?」
 アッシュの存在に気付いたのか、スマイルはゆっくりと振り返った。
「あ…アッス君…」
 振り返った彼の顔はいつも通りの、否、痛々しいぐらいの作り笑顔だった。
「ごめーん!やっぱり人違いだった。なんかすっごい恥かいちゃった☆」
「そう…っスか…」
 少し声が震えている。
 やはり、相当ショックだったようだ。
「スマ…風邪引くっスよ?早く傘に入るっス」
「んー?いやイイヨ。ボク今雨に打たれたい気分だから…」
「スマ…」
 アッシュは構わず雨傘をスマイルに近付けさせた。
「いや、いいって!ホラ、ボクびしょ濡れだし、アッシュ君が濡れちゃう…」
「スマイル!」
 アッシュは、少し語気強めて言った。
 その声にスマイルは、少し肩を震わす。
「な、ナニ…ッ!」
 突然、アッシュはスマイルの濡れた体を抱きしめた。
 アッシュの人より高い体温が、スマイルの冷えた体を温める。
「スマ…泣きたい時は泣いた方がいいっスよ」
 アッシュは解かっていた。
 雨宿りもせず、ずっと雨の中に立っていたのは、堪きれず零れた涙を隠す為。
 そして、本当はそのまま泣いていたかったが、自分が来た事で、強がって無理矢理作り笑いを見せた事。
「…ふッ、うわああああぁぁぁ!!!」
 彼が優しくそう言った直後、スマイルは堰を切ったように泣き出した。
 アッシュに顔を見られないように、彼のシャツにしがみ付いて。
「…ぅく、…何、で…?何で別人なのさぁ!!…あん、なに…あんなに同じなのにッ…!!」
 泣き声に混じって、そんな言葉も発せられた。
 よっぽどその人物が彼の兄にそっくりだったのだろう。
 アッシュは、スマイルが泣き止むまで、彼の頭を撫でてやった。




「ごめん。アッシュの服、濡れちゃったね」
 泣き止んだスマイルは、アッシュと一緒に帰路を急いでいた。
 雨は、まだ少し降っている。
「別にいいっスよ。スマこそ、もう大丈夫っスか?」
「ウン、なんか思いっ切り泣いたらスッキリしちゃった☆」
 と、彼はさっきのような作り笑いではなく、いつもの無邪気な笑みを彼に見せた。
「それは良かったっス。でも、本当にその人、スマの兄さんに似ていたんスね。どこが違ってたんスか?」
 その質問をすると、彼は今度は少し困ったような顔をした。
「兄さんは…左眼が、無いんだよね」
「え!?」
 スマイル曰く彼が20年間金の眼の異端児が迫害されるその村にいる事ができたのは、兄のおかげだったという。
 しかし、その所為で村人は彼の兄も、スマイルと同じ扱いをされていた。
 そしてある日、村人との大きないざこざで、彼は片目を失ったのだ。
 だが、先ほどのその人には、傷跡のようなものはあったが、目は潰れていなかったと言う。
「ホント残念だったよ。傷が見えて「間違いない!」って思った瞬間、目がパカッて開いてさ」
「そうだったんスか。残念だったスね」
「うん…どこ行っちゃったんだろね…」
 一瞬、スマイルは寂しそうな顔をしたが、すぐにいつもの調子で
「ま、いきなりいなくなったんだから、またいきなり帰ってくるよね?そう思うでしょ?」
 と言った。
「そうっスね。…あっ、スマ、早く帰らないとギャンブラーZに間に合わないっスよ!」
「ウソ!?早く帰らなきゃ!!」
 そう言って彼は走ってユーリ城へ向かった。




「……おい、そこの無口野郎」
 赤い髪の青年が、あの緑の髪の青年を呼び止める。
「何だ?ゼッド」
「お前さぁ、それで良かったのか?」
「何が?」
「あいつ、お前の弟だろ?」
「……」
「あいつさぁ、お前に会いたがってたじゃねぇか。何で本当の事言わねぇんだ?」
「……」
 男は、ため息をついて、重い口を開くように言った。
「私が急にいなくなった事で、私はあいつに迷惑をかけた。今の私に、あいつにあう資格はない」
 そう言った青年の頭を、ゼッドは軽く殴った。
「馬鹿。兄が弟に会うのに、資格なんかいらねぇんだよ」
「ゼッド…」
「もっと胸を張りな。そうすりゃ、きっとあいつも解かってくれるぜ、な?クール・・・」
 そう彼に言い残し、ゼッドは何処かへと姿を消した。
 そこにいるのは、緑髪の男ただ一人。
「…私は…本当に兄失格だな」
 男は包帯越しに左眼に触れた。
 はるか200年前、名も無き村人によって潰され、失明したはずのそれ。
 それは、彼が不老の契約を交わした時に再生したと言う事を、スマイルは知らない。
「…だが、もう少し待ってくれ。いずれ時が来れば、全てを話そう。スマイル…」
 そんな男の呟きは、雨雲と共に遠くへと消えていった。

〜fin〜




〜 あ と が き 〜

この後、彼に何度もスマイルと顔を合わせる機会が訪れます。その所為で秘密を打ち明けるタイミングを完全に失ってしまいます。
それでも、いつかきっと…。




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