ガッ……………
 ある小さな城の地下室で、硬い音がこだまする。



 ガッ……………
 それは牢獄のような檻の中。



 ガッ……………
 無駄と知りつつも、何度も何度も鉄の柵に体当たりする。



 ガッ……………
 例え、その扉を突き破る事が出来ても、手や足に掛けられている魔法の戒めが、彼の動きを封じるだろう。



 …………………
 時折、棒の間から腕を伸ばすが、部屋の隅に掛けられた鍵には届く筈が無く。



 ガッ……………
 再び彼は、檻に身体を打ちつけ始めた。



 今、この闇夜を照らしている光を求めて……………





■ 牢 獄 の 中 の 月 光 ■




 ギィィ………
 暫くして、重い鉄の扉がゆっくりと開いた。
 黒い髪に黒い服、そして、真っ青な翼と大きな威圧感。
 彼は持っていた鞄を床に置くと、檻の中にいる赤髪の狼に近付き、ゆっくりと彼を眺めた。
「…いい格好だな」
 と、彼は檻の中の者に向かって言った。
「ここは昔、私が合成獣(キメラ)の研究していた時に、獣を封じ込める為に使っていた檻だ。
 どうだ?実験動物になった気分は……」
「…エリ、オルっ!!」
 ガンッと、彼は一際強く檻に体を打ち付けた。
「あまり暴れるな、ゼッド。折角の綺麗なお前の体に傷が付くだろう?」
「っるせえ!そう思うなら、早くここから出しやがれ!!」
 棒を掴み、檻の外の彼を睨みながらゼッドは叫ぶように言った。
 もし今、彼が獣の姿なら、間違い無く「グルル…」と唸り声を上げているだろう。
「ふふふ…やぱり、今日閉じ込めて正解だったな。いつもなら、ここまで必死に足掻こうとはしないだろう」
 エリオルは偶に、こうしてゼッドを拘束する事が何度かあった。
 そして、その度にゼッドは反抗するのだが、今日は更にそれが激しい。
「てめぇ、今日が何の日か解かってんのか?」
「無論解かってるとも。だからお前をここに閉じこめたのさ。月光に憑かれて暴れぬように、と」
 クク・・・と笑みを零しながらエリオルは監視用の椅子に腰掛けた。

 今宵は満月。それが今、ゼッドが一番欲している物だった。
 普通、人狼は満月を見ると、たちまちに獣になってしまう。
 だが、長時間月を見ずにいると、今度は破壊の衝動が精神を支配するのだ。
 けどそれは、一目それを見るだけでも抑制出来る。
 しかし、地下室に閉じ込められている彼は、月を見る事も衝動に従う事も出来ない。
 それは、ゼッドにとって苦痛でしかなかった。
「大分辛そうだな」
「ったりめぇだろ!!」
 そう言って彼はエリオルを睨んだ。
 しかし、ゼッドはその目が彼の嗜虐心を煽っている事に気付いていない。
「…いい眼だな。今夜は一晩中そこに入っていてもらうぞ」
「なっ…!」
 冗談じゃない。
 ただでさえ辛いのに、一晩もこんな所にいたら……本当に狂ってしまう。
「てめぇ…俺を狂わせるのが目的か?」
「いや、簡単に狂ってしまっては面白くない。ゼッド、これが何か、解かるか?」
 と言って、エリオルは床に置いていた鞄を揺すった。
 不規則にガサガサと何かが動いている事から、無機質な物体では無い事が解かった。
 恐らく、それはゼッドが満月の次に欲している物。
「欲しいか?」
「………」
「言わないと解からないぞ」
「……しい…」
「何だ、聞こえないぞ」
「欲しいってんだよ!これで良いかっ!!」
 噛み付く様に、叫ぶように彼は言った。
 だが、エリオルはまた不気味な笑みを浮かべると、
「それでは駄目だ。ちゃんとお願いしてみろ」
 と言って、鞄を開けた。
 中から白い毛皮が見え隠れしている。
「お願いの仕方は、もう解かっているな」
「…くっ……」
 ゼッドは足を曲げて膝を床に付き、その前に手を置いた。
 所謂、土下座のような格好である。
「…エリオル…それを・・・俺に、下さい……」
 惨めな台詞に、涙が出そうになる。
「…心が篭って無いな」
「っ!」
「クク…冗談だ」
 エリオルは、鞄の中からそれを出した。
 それは真っ白で、なんとも可愛らしい野兎である。
ゼッドの眼はその兎を捕らえた瞬間、不気味な光が灯った。
そして、エリオルはその兎を彼の檻の中へ投げ入れた。
次の瞬間、
「…っ…はあっ!!」
 ゼッドはその兎に飛び掛り、その小さな体を押さえ付けた。
 そして、彼は自分の手の下で暴れるそれの足を掴み、引き千切った。
 骨を折り、関節が外れ、ブチブチと神経や筋肉が切れる嫌な音が地下室に響く。
「はぁっ…はぁっ…」
 それでも足りず、彼は更に兎に手を掛けた。

 毛皮を破り……
 耳を噛み切り……
 首をへし折り……
 内臓を抉り出して……

 細かく、更に細かくなるまで、彼はその兎をバラバラに分解する。
 その様子を、エリオルは楽しそうに目を細めて見つめていた。

 やがて、野兎は原形を留めていない程の肉塊となった。
 もう分解する所が無くなり、ゼッドは苛立ちで床を殴る。
 小刻みに震え、肩で息をし、至る所に返り血を浴びている彼を見て、エリオルは不気味な笑みを浮かべながら彼に近付いた。
「何も身につけていない姿も良いが、そうやって血を纏っている姿も一段と魅力的だな」
「っ…エリオルっ…」
 ゼッドは飢えた獣の様に彼を睨みつける。
「どうした?満足していないのか?」
「…する…訳が無ぇっ!!」
 彼は一瞬の隙を突いて鉄格子の間から腕を伸ばし、エリオルの胸座を掴んだ。
 そのまま、グイッと自分に引き寄せる。
「いい加減、ここから出せよ!!でないと俺、マジで狂っちまう!!!」
「…ならば狂ってしまえ」
「…てめぇ……」
「ふふ、そう恐い顔をするな。冗談だ」
 そう言って、彼はゼッドの眼を見た。
 満たされない欲望の為か、少し潤んだ瞳。
 そして…完全に餓えた瞳……
 もう月を見ても、恐らくその衝動は抑えられないだろう。
「……私を殺したい、と言う眼をしているな」
「ああ、殺してぇよ!殺して、見る影も無ぇぐらい滅茶苦茶にしてやりてえっ!!」
 しかし、それは無理な願いだ。
 何故なら、彼も自分も不死なのだから……
 それでも彼は、エリオルを掴む力を更に強くして、そう叫んだ。
「そうか……解かった」
 エリオルは、ゼッドの手首を強く掴み、その手を引き剥がすと部屋の隅へと向かった。
「何…する気だ?」
「お前をそこから出してやる。そして、私を好きにするが良い」
「…えっ?」
 鍵の束を取り、エリオルは再びゼッドの檻に近付いた。
「…どう言う…意味だ?」
「そのままの意味だ。私はお前をそこに閉じ込めた罪を償おう」
 カチャリ…と、一つ目の鍵が外れる。
「…けど、てめぇは死なねぇ……」
「いくら私が死なない身体でも、血や肉を見せる事ぐらいは出来るだろう」
 ガコ…と、二つ目の鍵も外れる。
「………後悔しても知らねぇぞ?」
 ガチャ…と、最後の鍵も外れた。
「無論、覚悟の上だ。だが、お前に私を傷付ける事が出来るのならな」
 音も無く、ゼッドの手足に付いていた戒めが消えた。
 そして、キィィ…と軽く甲高い音をたてながら扉が開き、それと同時に中にいた者が瞬く間にエリオルに襲った。
「はあっ!!」
 ゼッドはエリオルの身体を押し倒し、片手で彼の両手を戒めた。
 そして、彼の身体に覆い被さる様に跨り、首に右手の爪を立てて……
 …ゼッドの動きが、止まった。
「…どうした?私を八つ裂きにしないのか?」
「…くっ…!」
「遠慮はいらん。どうせこの身体は、三日も経てば再生するからな…」
 そう言って、エリオルは目を閉じた。
「…くそっ!」
 ゼッドは、立てている爪に力を込めた。
 少し、ほんの少しでもここを切り裂けば、彼が待ち望んでいたものが、そこから吹き出るであろう。
 ところが、血管どころか皮膚すら破る事が出来ない。
 彼は首から手を離し、今度は胸に爪を立てた。
 だが、結果は同じである。
 手が震え、息が上がり、背中に冷たい汗が流れた。
「……どうしたんだ?何を躊躇っている?」
「…うっ…く………」
「出来ないなら、私も手伝ってやろうか?」
 エリオルはゆっくりと眼を開き、戒めている手から右手を抜くと、ゼッドの右手を掴んだ。
「ッ!?やめっ…!!!」
 叫んだ時にはもう遅く、彼はゼッドの指を己の胸に押し込んだ。
 ブズ…と、指が肉に喰い込む音と、生温かい血と肉、硬い骨の感触。
 それから、錆びた鉄の匂いと徐々に広がる紅い鮮血……
 それらの感覚が、一気にゼッドの身体を駆け巡った。
「…ぅぐっ……がはッ…!!」
 途端、彼は激しい吐き気にに襲われ、エリオルの上から退くと激しく咳き込んだ。
 檻の中にいたときは、あんなに殺したいと思っていた相手なのに……
 いざ傷付けようとすると、とてつもない程の恐怖を感じる。
「…ゼッド……」
 エリオルは、ゆっくりと起き上がると、まだ咳き込んでいる彼の背中を擦ってやり、
「悪かった。少々悪巫山戯が過ぎたようだ…」
 と、彼の耳元で囁いた。

 やがて、ゼッドの咳き込む声が、徐々に嗚咽へと変化した。
「………ねぇよ…」
「何だ?」
「解かんねぇよ!!俺は一体何がしてぇんだ!!!」
 今まで溜まっていた精神的抑圧(ストレス)を吐き出すように彼は叫んだ。
 その両方の金の目からは、ポロポロと涙が流れ落ちている。
「俺はお前を殺してぇ!今でもそう思ってる!でも、出来ねぇ!!畜生!何でだよっ!!」
 畜生っ!と、何度も繰り返しながら、彼は壁を殴りつけた。
 皮膚が破れ、血が流れるまで何度も、何度も……
「ゼッド……」
「うるせぇ!てめぇの声なんか聞きたくねぇっ!!」
「おい、ゼッド」
「黙れって言ってんだよっ!!」
「ゼッド!!」
「っ!?」
 怒鳴り声が聞こえ、ゼッドは殴られるのかと思い、ビクッと肩を震わせる。
 しかし、彼を待ち受けていたのは、エリオルの深い口付けであった。
「…んっ…ふ…ぁッ……」
 少し乱暴ではないか、と思うぐらいの深いキス、貪るような口付け。
 暫くゼッドは、その感覚に酔い痴れていたが、途中でドンとエリオルの胸を叩き、押し戻した。
 もう再生したのか、彼の身体は血痕は残っているものの、傷は既に消えている。
「い…いきなり…何、すんだよっ!!」
 エリオルはゼッドの問いに答えず、ニヤリと笑みを浮かべた。
「何故、お前が私を傷付ける事が出来ないのか、教えてやろうか?」
「…何だよ?」
「それはな……」
 彼は、ゼッドの耳元に口を近付け、小声で言った。

 お前が私を、愛してしまっているからだ。

 それを聞いた途端、ゼッドはバッとエリオルから離れた。
「なっ!嘘を言うな!!」
「嘘ではない。ならば何故、口付けの時、直ぐに抵抗しなかった?」
「そ…れは……っ!」
 彼は、パクパクと口を動かすが、言葉は発せられていない。
 言い訳の言葉を探している様だった。
「…どうしても信じられないのなら、もう一つ証拠を教えてやろう」
 エリオルは再び彼に近付き、そっと首筋を指でなぞった。
 自分より冷たいその指の感覚に、ゼッドはピクッと身を震わせる。
 そして彼は、滑らせていた指をゼッドの肩ら辺で止め、掴むようにしてそこを支えると、彼の首筋に牙を立て、一気にそこに喰い込ませた。
「う、ぐああぁっ!!」
 いきなり襲ったその激痛に、ゼッドは叫び声を上げた。
 あまりにものその痛みに、目の前がチカチカする。
 しかし、エリオルは犬歯が全て埋ってしまうのでは、と思う程深く、深くそこに牙を沈めていった。
「…うぁッ、痛ぇっ!……エ、リオルっ!も…やめ……」
 彼は、また目に涙を溜めながら懇願したが、エリオルは牙を抜こうとしない。
 そしてエリオルは、彼の後頭部に回していた手を少しずらし、ゼッドのの耳の付け根にある性感帯に触れた。
「うあッ!?」
 途端に、ゾクリとした快感が走り、彼は肩を震わせて喘いだ。
 それを引き金に、じわじわと彼の身体の奥から、熱が湧き起こり始める。
 いきなり、暴走しはじめた快感に、ゼッドは戸惑いの表情を見せた。
「…ふ、え?…何…が?……っ、あああッ!!」
 突然、エリオルが更に強く牙を喰い込ませた。
 しかし、そこから来た感覚は激痛ではなく…快感。
「…これで解かったか?」
 エリオルは、ゼッドの首筋から牙を抜くと、綺麗に傷口を舐めた。
 その、ピリッとした痛みすら、快感に変換される。
「普通、吸血行為には快感は伴わない。だが、私が更に牙を食い込ませた時、感じただろう?それが何よりの証拠だ」
「違っ!…これはっ……」
「何が違う?あれは明らかに嬌声だったではないか。」
 低く、腰が砕けてしまいそうな声で彼は言った。
 その台詞に、ゼッドはますます混乱する。
 自分は何よりエリオルが嫌いだ。
 いっそ、殺してしまいたいと思う程に。
 しかし、口付けされた時にとっさに抵抗しなかった、いや、する気さえ無かったのは事実。
 吸血時、激痛が快感に変わったのも事実。
(俺は…本当に、こいつの事を……?)
 彼は、必死に考えをまとめようとした。
 だが、大き過ぎる心臓の音と、未だに満たされない欲望が、それを邪魔する。
「…うっ……」
 再び彼は吐き気を感じ、口を押さえた。
 破裂しそうなぐらい心臓が脈打つ。
 冷汗が流れ、身体の震えが止まらない。
 頭痛まで起こり始め、頭がクラクラする。
 苦しくて、苦しくて堪らない。
 長く続いた欲求不満が、とうとう身体にまでその苦痛を訴えかけてきた。
 もう…限界だった。
「どうした?」
 急に様子が変わったゼッドを見て、彼は再び、先程と同じように背中を擦ってやった。
 もう、ゼッドには意地を張る余裕は、無かった。
「…エリ…オル……ッ…」
 彼は、大きな耳を垂れ伏せてエリオルに抱き付いた。
 この欲望を満たす方法は二つある。
 一つは、先程の兎の様に殺戮を繰り返す事。
 そして、もう一つは、誰かと肉体を繋げる事。
「…も…俺、我慢…出来ねッ…頼む…助けて、くれ……」
 先程の覇気が嘘のような、弱々しい声で言った。
「それは誘っているのか?」
「……」
 コクンと頷く。
「…私を愛していると認めるんだな?」
「………」
 今度は、コクコクと数回頷いた。
 だが、それは早くこの苦しみから解放されたいという気持ちに負けて返事しているのに過ぎないと言う事が、エリオルにもなんとなく解かった。
 しかし、彼はゼッドの頭を優しく撫で、
「まぁ、これからゆっくり認めていけば良い」
 と言うと、彼の唇に自分のそれを重ねた。
 そして、ゼッドはそれに押される様に自分から横になった。
「ここでするのか?隣の部屋にベッドがあるが・・・」
「…さっき、我慢出来ねぇって言っただろ?俺は…今直ぐシてぇんだ…」
 そう言うと、彼はプイと顔を背けた。
 自分で言っておきながら、顔を真っ赤にする姿が、なんとも可愛らしい。
 エリオルは、ふっと笑みを零し、もう一度深くキスをすると愛撫を始める。
 彼の手が、ゼッドの敏感な所に触れる度、彼は色っぽい声を出して喘いだ。
「…んんっ……あッ……」
「…どうだ?少しは楽になったか?」
「……ああ、…なぁ、エリオル…」
「何だ?」
 ゼッドは、少し上がった息を落ち着けて行った。
「俺…明日になったら、多分言えなくなってると思うから、先に言っとくけど……俺、多分、お前の事、好きだから……」
「・・・私も、お前を愛しているぞ」
「言っておくけど、「多分」だからなっ!」
「はいはい、解かってる…」
 エリオルは、再び笑み―しかし、先程よりずっと優しい―を零すと、二人はまた深く、深く口付けした。

 それから二人は、何度も身体を繋げた。
 時には激しく乱暴に、時には優しく穏やかに、
 ゼッドが満足するまで、気を失うまで何度も、何度もエリオルは彼を貫いた。

 そして、次の日からは、いつもと変わらぬ一日が始まった。
「エリオルっ!てめぇ、また俺の服、勝手に着やがって!!」
「何を怒っている?別に良いではないか。減る物ではないだろう?」
「うっせえ!そう言う問題じゃねぇだろ!!やっぱお前なんか大嫌いだっ!!」
 いつもの喧嘩、いつもの台詞「大嫌い」。
 しかし、その日から「大嫌い」の意味が、少し違うものになってきた。





〜fin〜




〜 あ と が き 〜

……うん、ハズい。
これ書いたの何時だっけ?……高校の時だから三年以上前か。
でも内容は嫌いじゃないから載せた。




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