■ 来 訪 者 ■




 ザアァ……
 …カリ…カリカリ……
 午後7時頃、居間でソファーに座っていたユーリは、突然雨音に混じった妙な音に首を傾げた。
 音は玄関の方から聞こえる。
 その音の正体を考えながらユーリは玄関へ向かった。
 この音には聞き覚えがある。
 犬(狼)になったアッシュがドアを開けようとしている音だ。
 今日は満月だ。犬になって戻れなくなったアッシュが、玄関のドアを開けようと四苦八苦しているのであろう。
(暫くすれば人の姿に戻れるが、いつまでも雨の中を放って置くのも可哀想だろう)
 そう思い、彼はドアに手を掛けようとした。
 しかし「待てよ…」と呟き、手を引っ込める。
(……今雨が降っているなら、人の姿に戻れるのではないか?)
 人狼は満月が見えなくなると人の姿に戻る事が出来る。
 自分の意思で犬になったなら、それこそ元に戻るのは自由だ。
 因みに、人狼は満月の夜、月を見ないと精神が獣化するのだが、幸いこの日は6時頃(冬なので日が沈むのが早い)
 は晴れていたので、その時にアッシュは狼になる事が出来た。
 それはさて置き…
 今はまだ雨が降っている。止む気配はまだ無い。月が出ているとは思えない。
 だが、一瞬だけ月が顔を出し、アッシュがうっかり見てしまったとも考えられる。
 そう考えて、ユーリはドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開いた。
 案の定、そこには3のような目をした犬、もとい狼が居た。
 だが、なんだか様子がおかしい。
 彼はユーリの顔を見た途端、ビクッと飛び跳ね、急に逃げ腰になった。
「どうした?早く中に入れ」
 と言ったが、彼は「グルル…」と低い唸り声を上げるだけであった。
 私は何か、アッシュに怯えられる事をしただろうか?
 思い当たる節が見付からず(更に考えれば、全てが思い当たる節なのだが)ユーリは再び首を傾げた。
「あれれ〜?ユーリぃ、何してんの?」
 少し間延びした声が、彼の背後から聞こえた。
 そして、目の前にいるびしょ濡れの狼を目の当たりにして、
「うわぁっ!アッス君びしょ濡れじゃん!早く中に入りなよ!!」
 と言って扉を全開させた。
 そして、狼は導かれるままに城の中へ入る。
 やはり何かが変だ。ユーリは未だに違和感を拭えずにいた。




 城の中に入った狼は、体中に付いた水滴を振り払うかのように、ブルッと身を震わせた。
「うひゃあ!冷たっ!」
 モロに水を浴びて間抜けな声を出したスマイルは、その後「タオル持ってくるネ!」と言って脱衣所へ向かった。
 そして、ユーリは寒さで震えている狼を見た。見ただけで、その身体が冷たく冷え切っている事が判る。
「…ちょっと待っていろ」
 と言うと、ユーリはその場を離れた。
 ホットミルクでも与えたら、少しは体も温まるだろう。
 そう思って、彼はキッチンに入った。すると、
「あれ?ユーリ、ご飯まだっスよ?」
 さっきまで玄関にいたはずのアッシュがそこに居る。
「…お前、いつの間にここに来た?」
「へ?俺はずっとここで夕飯の準備をしてたっスよ?」
 話の辻褄が合わない。
 さっきまでアッシュは外に居て、私が城の中に入れた。しかし、アッシュはずっとキッチンで料理をしていた。
 鍋の中で煮込まれているカレー(まだルーは入っていないのだが)を見れば、アッシュの言葉が嘘ではない事は明らかだった。
 ユーリは指を口に当て、「どう言う事だ?」と呟く。
 その時、バタバタと騒がしい音と共に、スマイルがキッチンに駆け込んできた。
「ユーリ、アッシュ!大変だよ!ちょっと来て!!!」
 スマイルのその慌てように、二人は顔を見合わせ、すぐさまそこへ向かった。




 居間に入ったユーリは目を見開いた。
 そこに居たのは、人型になった一人の人狼。
 どことなくアッシュに似ているが、髪は赤く、眼は金色。
 彼は暖炉の前で、雨でぬれた髪をタオルで拭いていた。
 やがて、ユーリ達の存在に気付いたのか、彼はその方に目を向けた。
「よぉ、久しぶりだな、アッシュ」
「あ、兄貴ッ!?」
 アッシュは、彼を見るとそう叫んだのであった。




「…はい、兄貴」
 アッシュは、少しブランデーの入ったホットミルクを兄に手渡した。
「ああ、悪ぃな」
 それを受け取った彼は、一口それを含み、ふぅ、と深く息を吐くと、ユーリとスマイルの方を向いた。
「え〜と、ユーリとスマイル……だっけ?俺はゼッド。弟が世話になっているな」
「ドウモ〜♪ヒヒッ、でもアッシュに兄弟さんがいたなんてビックリ〜☆」
「もっと居るっスよ。弟が二人。ガルシアとヴァルって言うっスよ」
「四人兄弟なのか?」
「しかも皆オトコノコ〜?賑やかでイイね〜♪」
 そう良いながらスマイルはケタケタ笑った。
「ところで兄貴、何でいきなりウチん所来たっスか?」
「いや、ちょっとな」
「何なんスか?教えて欲しいっス」
 その質問に、ゼッドは言葉を詰まらせた。
「………逃げて来た」
「誰から?」
「同居人から」
「何でっスか?どんな同居人なんスか?」
「あ゛〜!!それ以上詮索するな!!」
「う゛わっ!」
 そう言ってゼッドはアッシュの頭を乱暴に撫でた。
「っつー訳で、一晩ぐらい厄介になるけど、いいか?」
「「「えっ!」」」
 三人の声が見事に揃った。
「頼む!何も考え無しで出て来たから宿無しなんだよ」
「ボ、ボクは別に良いけど・・・この城はユーリのだし、ネ?」
「私も別に構わんが、宿が無いなら実家に帰れば良いのでは?」
「あ〜、それ無理。俺、勘当されてるから」
 その言葉に、ユーリは「なるほどな」と呟いた。
「で、お前はどうなんだ?アッシュ」
「俺も良いッスけど…その前に一つ聞いても良いっスか?」
「何だ?」
 彼はゼッドに近寄り、耳打ちをした。
「…今日、ちゃんと月見たっスか?………あでっ!?」
 ゴン、と美しくない音が響く。
「ったりめぇだろ!でなきゃここに来ねぇよ!!」
 先程も言ったが、人狼は満月を見ないと精神が獣化する。
 だから、アッシュは兄に満月を見たか確信したのだ。
「って〜、殴んなくてもいいじゃないっスか!」
 と、アッシュは涙目で頭を擦った。
「じゃ、決まりだな。取り合えず、宜しくな」
「宜しく」
「ヒッヒッヒ、ヨロシク〜☆」
 こうして、ゼッドは一晩ユーリ城に居座る事になった。




 ゼッドがユーリ城に来て一時間後。
「夕飯出来たっスよ〜!」
 とのアッシュの声に、皆が食卓に集まった。
 そのメニューは、スマイル希望のカレーとオニオンサラダ。
 しかし、アッシュのオニオンサラダは玉葱抜きである(何だそりゃ?)。
「………あのさぁ、アッス君…」
 カレーを口に運びながらスマイルは言った。
「何スか?」
「君って確か玉葱嫌いだったよね?」
「嫌いっちゅーか・・・玉葱は人狼にとって毒同然っス」
「でも、カレーは食べれるよね?」
「ああ、熱処理したやつは平気なんス。それでも、沢山は食べられないっスけど…」
「ふ〜ん…でも、それだったらアレはどう説明するの?」
「え?」
 アッシュは、スマイルが指差した方向を見た。
 そこには、涼しい顔してオニオンサラダを口にする兄の姿。
「あ〜〜!!!兄貴ッ!!!」
 ガタンッ!と音を立てて立ち上がった。
「な、何だよ?」
「それユーリのっス!玉葱入ってるっスよ!!」
「…どうりで私のサラダに玉葱が入ってなかった訳だ」
 ゼッドの横で、ユーリが呑気な事を言った。
「そんな事言ってる場合じゃ無いっスよ!!あ〜、ど、どうしよ〜!!」
「…何そんなに慌ててるんだ?」
「何って、それ玉葱がッ!!」
「俺は平気だけどな」
「へ?」
 ゼッドはアッシュが見てる前で玉葱を口に運んだ。
 そして、しゃぐしゃぐと咀嚼した後、ゴクとそれを飲み下す。
「な?」
「…う、嘘…信じられねぇっス……」
 アッシュは、力無くそこに座り直した。
 彼は子供の頃、兄の好奇心に誘われて生の玉葱を食べてしまった事があった。
 勿論、その後は二人して倒れ、親にこっぴどく叱られたのだが…、
「兄貴…兄貴が家を出てから何かあったんスか?」
「色々とな。まぁ、好き嫌いはあるより無い方が良いだろ?」
「そ、それはそうっスけど…」
 これは好き嫌いの問題ではなく、体質の問題だ。そう簡単に克服できるものではない。
(……兄貴は、自分の弱点を克服したかったっスか?・・・いや、待てよ。それだったらアレも克服してるって事っスか?)
 アッシュは、スマイルがユーリとの話に夢中になっている事を確認し、彼に気付かれぬように卵(カレーライスに混ぜると、味がまろやかになるらしい)を転がした。
「それでね………あれ?あ、あ〜!!」
 それに気付いたスマイルは、慌てて腕を伸ばしたが間に合わず、卵はそのままコロコロとユーリの近くまで転がっていった。
「ユーリぃ、卵取ってくれる?」
「それぐらい自分で取れ。届くだろう?」
 スマイルは「ケチ」と呟いた後、卵に向けて手を伸ばした。しかし、後数十cm届かない。
 すると、スマイルの指を覆っていた包帯が勝手に解け、卵へと伸びた。包帯を自在に操るのはスマイルの得意技である。
「ん?」
 ゼッドがスマイルの行動に気付いたのは、スマイルの包帯が卵を掴んだときだった。
 その動きは、まるで獲物を獲た蛇の様である。
 ………蛇?
「うわあっ!!?」
「うひゃぁ!?」
 いきなりゼッドが、怯えるような叫び声を上げた。
 その拍子に、スマイルは掴んでいた卵を落としてしまう。
 ユーリは、叫び声の主の方を向いて言った。
「…どうしたんだ?」
「…そ、それは何だ!?」
 と、ゼッドは震える声で言いながら指を差した。
 それとは、勿論包帯の事である。
「あ、ビックリした?でもこれ面白いデショ?ホラ☆」
 スマイルは、包帯の先をゼッドに向けた。
 しかし、ゼッドは、
「だ〜ッ!!こっち来んなッ!!!」
 と言って、椅子を降りてまでそれから逃げた。
 明らかに、異常なまでの拒絶反応である。
「何で〜?そんなに包帯が怖いの?」
「違ぇよ!…その、気味悪い動きを止めろっつー事だ!」
「兄貴は蛇みたいなウネウネした物が駄目なんス」
 その言葉に、全員がアッシュのほうを向いた。
「おい、アッシュ!」
「兄貴は昔、毒蛇に噛まれた事があって、それ以来、蛇みたいな細長くてニョロニョロした物が駄目になったんスよ。
 蛇は勿論、蚯蚓も……」
「アッシュ!それ以上言うなッ!!」
「あたっ!」
 と、ゼッドは再びアッシュを殴った。
「人の弱点をベラベラ喋んなよな!!…ったく」
 そう言って、彼は一気にカレーを口にかき込んだ。
 そして、アッシュは殴られた頭を擦りながら兄を見た。
(って〜…本気で殴ったっス!……でも、兄貴は弱点を克服しようと思って玉葱が食べられるようになった訳じゃ無いっスね)
 もし自分が兄と同じ立場なら、治るかどうか解からない玉葱嫌いより、まだ治る見込みのある蛇嫌いを克服するだろう。
 なぞが解けないまま、アッシュは玉葱の入ってないサラダを口に運んだ。




 次の日、ゼッドは朝早くユーリ城を去った。「また来るぜ!」と約束して。
 昨日雨を降らせた雲は、既に遠くの空に去ってしまい、眩しい位の青が空を覆っていた。
 ユーリ城が見えなくなった頃、森の中を歩いていたゼッドに、突然影が落ちた。
 空を見上げると、そこにいたのは、もう見慣れた『黒』。
 その『黒』は、ゼッドの姿を見付けると急降下し、彼の前に降り立った。
「…ゼッド」
「よぉ、エリオル。お迎えか?」
「……何処で何をしていた?」
「弟ん家に非難。まぁ、その意味ももうすぐ無くなっちまうけどな」
「当たり前だ」
 と言うと、彼はゼッドを強く抱き締めた。
「この支払いはしてもらうぞ。覚悟しておけ」
「解かってる」
 そう言って笑うゼッドの唇に、エリオルは深く自分の唇を重ねた。

〜fin〜




〜 あ と が き 〜

前サイトでは「突然の来訪者」と言う題名でした。
本当は載せないでおこうと思ったのですが、ゼッドの人物像を伝えるために前半だけを編集してうp。




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